今からココから子どもから

一教師の日常をこそっと語りたく・・・

学校生活の一番の楽しみは給食ですよね?

今日の給食は何かな

中学生に

「一日の学校生活で楽しみなことは何?」

と尋ねると、

「給食!」

と、力強く答えるのが普通だった時代がなつかしい。

 

最近は4時間目の授業が終わる度に、あえて生徒に

「今日の給食、何?」

と尋ねてみる。すると

「知らない。」

という生徒がほとんど。(ほぼ一月分のメニューを暗記しているマニアのような生徒も稀にいるが)

中学生にとって、その日の献立が何か、そのことが最大の関心事ではない?!

ということが私には未だに信じられない。だから、つい人を変えては同じ質問を何度も繰り返してしまう。

 

どうやら、食べるという行為だけがルーチン化してしまったようだ。何を食べるのかということはそれほど重要ではないらしい。

 

献立を知らなくても平気な子どもたち

一方、作る側は、日々、趣向を凝らした(?)メニューを連発し、これは何からできているのか、と分析したくなるような品が出ることも・・・。(限られた予算の中で栄養バランスを考えて作っていることは十分理解しているが、この積極的なチャレンジが生徒にとって好評だったことは今のところほぼない)

 

今日の給食のメニューを知らない、ということは何を食べてもさして違いを感じない、ということであり、食べることへの関心の薄さがそのまま表れているわけである。食べることに対してさえその程度なのだから、学習意欲が落ちてきていると感じるのも当然な気がする。

 

日々、質問を繰り返していると、最近は生徒の方から「先生、今日の給食はねぇ・・・」と話しかけられることもある。(この先生は給食に興味があると思われている)

 

「食育」という言葉が、ここ数年でずいぶんと学校現場で広がってきた。

実践事例もずいぶん増えて、子どもが自分で作ったお弁当をもってくる「お弁当の日」のような活動も行われるようになっている。

自分で作りさえすれば、食や食材に対して関心を持ち、栄養バランスも考えるようになり、生涯にわたって望ましい食習慣をするようになる、という発想は、少々短絡的な気もするが、どうやらそうも言っていられない現状のようである。

 

こうして学校はまた一つやることを抱えていく。