たとえ負け惜しみだと言われても次につなげなくっちゃネ!
中体連が終わりました。悔しいですが、県大会には届きませんでした。敗退です。
「内容では勝っていた」
「あの判定が無ければ負けなかった」
「PKで決めるなんて本当の勝負じゃない」
「あんなサッカーで勝っても意味はない」
なんていう人がいます。
そう思っている人は実はたくさんいます。
負けることはそんなにみっともないことですか?
勝とうが負けようが結果はどうであれ対戦相手を、その努力を正当にたたえることができるまともな人間になることが大事なのではないでしょうか。
自分の知らない人たちの苦労や相手の難しい環境での努力があることを認めること。
自らの負けを認める潔さこそ前進の力となる。
強くなり、常に優勝を目指せるチームになる、勝利を引き寄せるチームになる力は実はそこにあると思っています。
敗北への潔さこそ必要なのです。
それが難しいから、1年や2年ならよい成績は残せても常に強いポリシー持ったチームは少ないのです。
見えていないこと、視野が身内しか照らさず、偏狭なことは不幸なことです。
指導者の仕事ははっきりと選手に自覚を促すこと。
結果を受け入れろと。勝つには足りなかったことが多いということを。
負けが問題ではない。受け入れずに負けを繰り返すことこそが問題だということを。
醜い言い訳、負け惜しみをやめ敗北を認めること。
それを指導者が自ら自覚すること。
そうだ!我がふり直せ!
それしかない。